秋の気配2008-08-26 Tue 22:42
このところずっと仕事が忙しく、更新も訪問もほとんど出来ないできました。 気がつくと夏が過ぎ去り、外はすっかり秋の気配になっています。 あれほど暑かった気温がうそのように、最近は最高気温も20度を切るようになり、最低気温など15度前後になっています。 ナナカマドの実が赤くなり、葉もところどころ紅葉し始めています。 忙しかったのと、天気が悪かったのとで、ナナフシの観察も頻繁には出来ないでいましたが、今日は夕方から林に入って久しぶりの観察です。 薄暗い林の中でミズナラの木を網ですくったところシラキトビナナフシがゆっくりと落ちてきました。 シラキ46号です。体長が49ミリほどの立派な成虫です。 日が短くなって、林の中はどんどん暗くなっていきます。 大急ぎでシラキトビナナフシを探しまわりました。 しかも、立ち止まると蚊の大群に襲われるので、常に動き回っていなければなりません。おかげで涼しくなったとはいえ汗だくになってしまいます。 こちらは、シラキ47号です。 前胸にアルファベットの「E」の文字に見える模様が見えます。赤い目は何とも言えずかわいいです。
最後のシラキ48号が見つかったときは、ほとんど林の中が暗くて見えずらくなっていました。 フラッシュをたかないと写真が写せないほどの暗さです。 6月1日にシラキトビナナフシの初令幼虫を発見してから今日で48頭のシラキトビナナフシを採集したことになります。 シラキトビナナフシたちはすでに卵を産み始めています。 飼育中のナナフシの産んだ卵は、すでに500個を超えています。 昨年は、4頭で900個以上産んだので、飼育中の約20頭のシラキたちが産み続けたら、4000個〜5000個の卵がとれることになります。 それが来春孵化したら・・・・考えたくない結果になりそうです・・・。 ふと気がついたら、シラキトビナナフシに初めて出会ったのが、ちょうど1年前の今日でした。 シラキトビナナフシに出会ったおかげで、いろいろと世界も広がったような気がします。
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シラキトビナナフシの成虫を採集2008-08-13 Wed 06:36
函館は、一時期の暑さもおさまり、26度前後の最高気温になってきました。 8月9日にシラキトビナナフシの6令幼虫を1頭採集し、8月10日には羽化直前と思われる6令幼虫を4頭採集しました。なかなか調子のいい日が続いています。 シラキ24号です。8月9日に採集した6令幼虫です。 シラキ25号です。後翅が赤くなってきています。こうなると、羽化するのも時間の問題です。 シラキ26号です。こちらも後翅が浮き上がってきています。 シラキ27号(下)とシラキ28号(上)です。同じミズナラの木で同時に採集しました。
そして、昨日は、ついに成虫を採集することができました。 ミズナラの木を網で叩いたところ、下に落ちてきました。 シラキ29号です。立派な翅のはえた成虫です。体長は約52ミリあります。 その後は、6令幼虫が続けて2頭見つかりました。 シラキ30号です。羽化の近い6令幼虫です。 下に落ちてから素早くコナラの幹を登り始め、あっという間に数メートルの高さまで一気に登っていきました。 シラキ31号です。こちらも6令幼虫です。ミズナラの木から落ちて、笹の葉につかまっています。 シラキ32号です。2頭目の成虫です。 ミズナラの木の2mくらいの葉上に静止しているところを見つけました。 腹部も膨らんでおり、もうじき卵を産み始めることと思います。 シラキ33号です。 こちらの成虫は、ミズナラの木の下に生えている下草の上に静止していました。 昨年も成虫が下草の上に群れていたのを思い出しました。成虫になった頃から下草などに下りてくるのかも知れません。 一時間後に見ても同じ場所に止まっていました。 最後は、シラキ34号です。 こちらは、何と羽化した直後の個体です。 笹の葉裏で、羽化殻につかまっているところを発見しました。 しかし、この個体は、良く見るとうまく羽化できなかった個体のようです。前肢と触覚部分が殻から出ることが出来ないでいました。 自然界では、このあとどこまで生きれるか難しいところです。 ミズナラやコナラの木を離れて羽化することがわかり、新たな発見です。(偶然下に落ちてそのまま羽化したのかもしれませんが・・・) 同じような写真ばかり続きましたが、「トビナナフシ日記」ということなので、記録の意味で書いています。
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洞爺湖の風景2008-08-10 Sun 22:57
北京オリンピックが始まって、テレビに釘付けですが、開会式のときに各国の首脳が写っていました。 先月の洞爺湖サミットは、いつの間にか終わりましたが、8月4日に洞爺湖に帰ったときには、あれだけの警備もなく、思ったほど観光客もたくさんいるわけでなく、静かな雰囲気でした。 暑い日が続きますが、洞爺湖周辺は最高気温で28度ほど、最低気温は15度くらい、平均気温で20度くらいなので、過ごしやすい感じです。 今日は、8月4日の洞爺湖周辺の風景を紹介します。少しは涼しさを感じられるかもしれません? 洞爺湖の真ん中に浮かぶ中島です。 この島は、中島、観音島、弁天島、饅頭島の4つの島から出来ています。
中島の左側には、蝦夷富士(羊蹄山)の姿も見えていました。
さらに左側を見ると、サミット会場の「ザ・ウィンザーホテル洞爺」が夕日をうけて見えています。 太陽光線が斜めに斜面を貫いていたのですが、写真ではうまく写っていませんでした・・・
洞爺湖温泉から見る有珠山です。手前の暗い柵の部分は、火山灰の泥流を流すための泥流路です。 この有珠山は、1977年8月7日午前9時12分に噴火しました。この噴火は、山頂からのプリニー式噴火で、10数回の噴火が断続的に起こり、噴煙の高さは最高12,000mまで達しました。自宅にも多量の軽石や火山灰が堆積し、山の麓にあった幼稚園や浄水場などがその重みでつぶれました。 この噴火のときは、函館から急遽帰って、大噴火が起こり避難するまで、何度も麓から噴火の様子を見ていました。
こちらは、温泉街のすぐ裏、金比羅山の噴火あとです。 この噴火は、2000年3月31日午後1時7分、西山山麓からマグマ水蒸気爆発が始まり、翌日にここ金比羅山でも新火口が開いて噴火が始まりました。 このときの噴火では、国道230号が地盤の隆起と断層により破壊されてしまいました。金比羅山火口からは熱泥流が発生し洞爺湖温泉街にまで流れ込み、2つの橋が流失し、多くの家屋が破壊されました。 周辺の木々は、8年経って緑を復活させています。すごい生命力です。 この噴火のときは、仕事中でラジオを聞きながら心配していました。
洞爺湖温泉街です。大きな建物はほとんどが旅館やホテルです。 写真右側の建物のすぐ裏手の丸い感じの山は、1910年(明治43年)の噴火のときに隆起した潜在ドームです。この山は明治新山といいますが、地元では、明治43年にちなんで四十三山(よそみやま)と呼ばれています。小さい頃の虫捕りの最高のフィールドでした。
こちらは、おなじみの昭和新山です。 1945年に300メートルほども隆起し、溶岩ドームが現れ、標高400メートルを超える昭和新山となりました。 洞爺湖周辺は、このように火山なしでは語れない場所です。洞爺湖じたい10万年前の大噴火のあとに陥没してできたカルデラ湖になっています。 有珠山周辺の噴火は、約25年から30年周期で噴火が起こっています。 私は、1977年の噴火と2000年の噴火を経験していますので、あと20年後くらいにもう一度くらい経験できるかもしれません。 涼しくなるどころか、火山の話になってしまいました。 涼しい景色も撮ってきましたので、後日続きをアップします。 ブログランキングに参加してます。 よろしくお願いします。
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